皆さん、こんにちは。
企画デザイナーの市原です🎀
ずっと、気温が高く、結構しんどい週ですね。
本日、大阪はかなりの雨ですが、今日は金曜ということで、
ブログをあげていきたいと思います。
先々週くらいから、ランジェリーの歴史について
お話してます。
引き続き、ボディファッションの歴史の続きのお話です。
<「第1次下着ブーム」が到来>
1953年には、伊東絹子がミス・ユニバース世界第3位に入賞。
“8頭美人”ともてはやされ、プロポーションへの注目が集まります。
それにともない、美しいプロポーションをつくるファンデーションが
俄然、脚光を浴び始めます。
同年、ウエストの絞込みがポイントの”チューリップライン”が発表され、
その流行からウエストニッパーが新しい洋装下着として注目されるや
大ヒットを飛ばし、1956年の”第1次下着ブーム”の火付け役となります。
ショーツ(パンティ)が、ズロースに代わって大々的に受け入れられたのも
1956年に7色のパンティ”ウィークリーパンティ”が発売され、話題をよんだからで、
以後、急速に浸透していきます。
戦後スタートした洋装下着の10年目にして訪れた下着ブームにより、
一流デパートも下着売り場を拡張し、ようやく下着が
市民権をえてきたのです。
この後のファンデーションの素材革命は来週おおくりいたします。
今回もお読みくださり、ありがとうございます。
では、また来週!!!